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 Aug 3,2018

■メージャーセブンスの時代

 1970年代、いわゆる「ニューミュージック」が台頭してきた時に、音楽的に耳に付いたのは歌謡曲とは曲の響きが明らかに異なることでした。その要因のひとつがメージャーセブンスというコードがたくさん使われていたことです。

このコード、大元はジャズやボサノヴァから発生したと思われますが、フィリー系やソウル系で常套句のように使われています。どんな響きかといえば、有名どころではテンプテーションズの「マイ・ガール」(1965年)のサビ5小節目の「my girl〜」と歌われるところのコードがメージャーセブンス(ナインス)です。普通の終止のコードよりもあいまいで、広がりのある響きです。

「マイ・ガール」サビの進行(音が出ます)

日本に話を戻せば、1960年代の歌謡曲というジャンルでも、メージャーセブンスを使った曲はありました。加山雄三さんの「ある日渚に」(1968年)はその貴重な例。当時の保守的な歌謡曲というフィールドでこの曲がシングルとしてリリースされたのはもちろん当時の加山さんの国民的な人気がバックにあったからと想像できますが、この曲の出現は音楽的にも1970年代のニューミュージックを予感させるものでした。

「ある日渚に」Aメロ(音が出ます)

そして1970年代。ニューミュージック系ミュージシャンは競うようにメージャーセブンスを使うのですが、その中でも筆頭と言えるのが山下達郎さんです。ユーミンもメージャーセブンスを使いますが、おそらくそれはキャロル・キングからの影響で、キャロル・キングのルーツのひとつがソウル系だったからだと思われます。ところが、達郎さんの興味深いところは当時の日本で主流とは言い難いソウル系から直接に影響を受けていたことです。そしてその影響下でメージャーセブンスの曲を量産しました。例えば、こんな曲。

「ダウン・タウン」のサビの進行(音が出ます)

達郎さんの白眉な点は決して時代に迎合した媚びた音楽を作らなかったことです。つまり、自分はやりたいことを突き詰めてやるけど、それが時代に受け入れられなければ仕方が無いというような腹のくくり方、またはある種の達観が感じられたことです。私も1970年代の達郎さんの音楽をリアルタイムで聴いていて、現在のようなメージャーな存在になるとは思っていませんでした。ところが、時代はこの稀有な才能を見過ごすことなく、1980年、ヒットが出ます。ちなみにこの曲の頭もメージャーセブンスです。

「ライド・オン・タイム」の頭の進行(音が出ます)


 

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