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 Apr 2,2019

■溝口版「忠臣蔵」

 溝口健二監督の「元禄忠臣蔵」(1941年)。

映画で色々な忠臣蔵を観てきましたが、この溝口版は大変変わっています。忠臣蔵のストーリーは誰でも知っているように、浅野が吉良にいじめられる冒頭、松の廊下の刃傷沙汰、大石の準備、そしてクライマックスの討ち入りで最後に浅野の墓前で終わるというのが定型ですが、溝口版はいきなり刃傷沙汰から始まり、後篇で構えて待っていると、なんと討ち入りのシーンがありません(最初は山中貞夫監督の映画のように戦後のGHQの検閲で切られたのかと思いました)。討ち入りの描写は浅野の妻に届く討ち入り成功の手紙を読むほんの数分のシーンのみです。

それでこの前篇・後篇の3時間30分の長尺をどのように見せるかといえば、大石がいかに立ち回って討ち入りまで持っていくかが2時間30分(この大石を演じるのが山中貞夫監督「人情紙風船」にも出演している河原崎長十郎)。そしてシーンのない討ち入りのあとに浅野の墓前に報告し、その後、赤穂浪士の切腹までが1時間あり、この部分が実に溝口らしくなります。

討ち入りのメンバーの中に婚約者がいた若者がいて、その婚約者が高峰三枝子さん(驚くほど美形)。高峰さんは若者が切腹する前に一目会いたいと思い、男装して会おうと大石に交渉するという展開です。だいたい忠臣蔵は男の話ですので、女性の出演者はほとんど記憶に残りませんが、溝口版の高峰さんは映画のほぼ最後のあたりということもあり、前の話が飛ぶほど強い印象を残します。このあたりが忠臣蔵でさえも女性の物語にしてしまう溝口ならではといったところでしょうか。それにしても戦意高揚の叫ばれたこの時代にバトル・シーンなしの忠臣蔵を作ることが許されたとは、監督の権限は国の思惑や会社の意向を超えてそれほど強かったということなのでしょう。

 

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