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 May 6,2019

■古本綺譚

 「古本綺譚」読了。古書店を営む出久根達郎氏の実話的なエッセイだと思って読み進めていたら、これはどうも創作した短編集のような感じ。いや、実話か創作かの境界を曖昧にしているのも著者の意図なのかもしれず(*1)。まさに虚実皮膜(*2)の世界。冒頭の稀覯本(*3)が裁断された状態で他の本から出てくる短編はビートルズのレア盤ブッチャー・カバー(*4)を彷彿させる話。古書に残る前の持ち主の様々な痕跡が興味をそそるのにも覚えあり。芦原将軍もネットで調べると実在の人物とのこと。いずれにしても面白い。同氏の本、続いて2冊読み待ち本に加える。

以前読んだ「小説・田中絹代」もわざわざ「小説」としているところに虚が入っているとの表明なのだろう。もうひとつ、最近読んだ別の本、ノンフィクションとしているが、どうも出来すぎた部分があり、著者の着地したい方向へ先導されているような気もしたが。いやいや、連鎖のように色々と思いが巡り、当たり前だと思っていたことに修正を強いられたり、行き止まりの向こうのさらに奥深い世界を見せつけられる。これだから読書はやめられず。

*1) 後に中山信如氏の本の解説文を書いた出久根氏の「文章を発表するということは、つまり嘘をつくことだから」という記述を発見。

*2) 読みは 「きょじつひまく」または「きょじつひにく」。近松の芸術論のひとつ。芸は実と虚の境の微妙な所にあるとするもの。

*3) 読みは「きこうぼん」。極めて少数しか出回っていないめずらしい本のこと。

*4) ビートルズが1966年に米キャピトルからリリースした「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」のこと。メンバーが白衣を着て生肉や赤ん坊の人形とともに写る写真がグロテスクということで回収されたが、回収に間に合わなかった一部が市場に出回った。また、改定されたジャケット写真を在庫のブッチャー・カバーの上に貼り付けて出荷されたものもあり、剥がすとブッチャー・カバーが現れるこのタイプはピールド・カバーと呼ばれる。

5月10日追記〜 続けて読んだ同氏の「古本夜話」のあとがきに「本をめぐる話は、嘘のようだが本当であり、真実のようだが虚構でもある。その虚実皮膜の間を楽しんでいただけたらと願う」の一文あり。

 

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