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 Jun 6,2019

■遥かなる影〜その2

 さて「遥かなる影」'(They long to be)Close to you'を巡る話の続き。今回はそのアレンジについて。

前回で「遥かなる影」は1963年から多くの人にカバーされた曲だということが分かりました。ところが、カーペンターズが1970年に大ヒットさせるまで、この曲はそれほど大事に扱われていたわけではないようです。1963年、初めて歌ったリチャード・チェンバレンは「ブルー・ギター」というシングルのB面、翌年にカバーしたディオンヌ・ワーウィックもシングルのB面、ダスティ・スプリングフィールドは1964年にレコーディングしたにもかかわらず1967年にアルバムの1曲としてリリースされるまでお蔵入りという有様。

この3つのヴァージョン、聴いてみると確かに何か足りないのです。ゆっくりとしたテンポ、8ビートの間延びしたアレンジ、映画音楽のようなイージーリスニングにまとまっていて、ポップスに不可欠なフックやキャッチーさが欠けているのです。ところがこの歌は埋もれませんでした。

1968年にハーブ・アルバートがリリースした「ディス・ガイ」'This guy's in love with you'が全米で1位になり、バカラック初のナンバーワン・ヒットになりました。この曲、聴くと分かるのですが、2年後にリリースされるカーペンターズの「遥かなる影」と兄弟曲のごとく雰囲気が似ているのです。ウーリッツァーのエレピ、トランペットのソロ、弦の入り方などはそっくりですが、どこが一番似ているかと言えば、リズム・パターン。シャッフル(3連)*なのです。

カーペンターズが「遥かなる影」をカバーするにあたり、これをシャッフルでアレンジし直した人がいて、それを「ディス・ガイ」大ヒットの余波が残っている全米に送り込んだというわけです。つまり、「ディス・ガイ」のヒットによって、「バカラックはシャッフルでアレンジすると輝く」という方法論を誰か(バカラック本人?それともA&Mのプロデューサー?)が発見して、そのロジックを過去の不遇な曲「遥かなる影」にあてはめたところ、見事に化けたというわけです。

カーペンターズのヴァージョンはもうミミタコのごとく聴いてきたので、初めて聴いた感覚は忘れていますが、中間色のメージャー・セブンスやナインスが必然のごとく入り、メージャーの中にも哀愁が漂うという仕掛け。豊かな音楽的知識なしには構築できない音の運び。これほどクロウト受けする曲が全米ナンバーワンになったのですから、アメリカのリスナーの耳の肥え方、そしてカーペンターズのプロデューサーの見識はすごいとしか言いようがありません。

*シャッフル(3連)〜基本は1拍や半拍を3つに分けるリズムの取り方。等分に分けるのが3連だが、実際は3連の頭と2つ目と3つ目の間は等分ではなく、揺らいでおり、それをハネやグルーヴと呼んだりもする。例えば、TOTOの'Rosanna'のリズム。ドン・ドン・ドンキ〜・ドンキホーテの歌も同じく。

(その3に続く)

 

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