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 Sep 30,2019

■李朝の皿

 藤本義一氏といえば、私は11PM(昔のテレビ番組)の司会の人という印象しかありませんでしたが、実はこの方、映画監督の川島雄三と師弟関係だった時期があり、映画「貸間あり」で脚本の執筆に関わっていたと最近知りました。

その師弟関係時代の壮絶なエピソードは「生きいそぎの記」に詳しく書かれていますが、同じ本に載っていた「師匠・川島雄三を語る」という藤本氏の講演を文字起こししたものからの話。

川島監督は他の監督がどんな撮り方をしているのかを探らせるために、藤本氏を小津安二郎監督の現場に送り込んだのだそう。「小早川家の秋」の頃と書いてあるので、小津監督の最後の方の作品です。小津監督があるシーンで小道具として李朝の皿が欲しいと言いました。藤本氏はチーフ助監督と一緒に面倒な書類をたくさん書いて百貨店から皿を借りてきました。ところが、小津監督は「これは李朝ですが、こういうものではありません」と首を縦に振りません。で、返しに行ってまた他のものを持ってくるのですが、いくら持ってきてもOKが出ません。

そこで、藤本氏はもうだましてやれと深夜に食べていたなべ焼きうどんのふたに泥絵具をきれいに塗って李朝の皿に仕立てました。李朝の皿は何度も見ているので、もうその特徴はすっかり分かっているというわけです。それを真綿でくるんで、桐の箱に入れ、小津監督のところで持っていきました。監督はそれをジーッと見て、藤本氏はばれたかと思ったのですが、次に発した言葉が「これです!」。その話を川島師匠の元へ帰り、報告すると、師匠がすごく喜んだという話。

これを読んで実際、映画にその皿は登場したのかと「小早川家の秋」をもう一度観直すと、一族が料亭に集うシーンで、膳の上に乗っている薄青の皿がどうもあやしいです。意味ありげにやたらとフレームに入ってくるこの皿、確かになべ焼きうどんのふたに着色したものと言われればそう見えなくもありません。


 

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