■TEXT

 Oct 15,2019

■小津の日記

 以前、鎌倉文学館へ行った時、小津安二郎監督の小さな手帳に書かれた日記の実物を見たような気がしますが、「東京物語」の脚本を執筆中の日記が某書に載っていました。

それを見ると、仕事の話はほとんどなく、目に付くのは何々を食べたという食べ物の話。小津はこの時期にはすでに松竹のドル箱監督ですから、経済的に恵まれており、脚本を練り上げるために定宿にしていた茅ヶ崎館で出される食事に飽き足らず、近所のすし屋やてんぷら屋の出前を頼んだり、食材を調達して自ら部屋で料理していたようです。仕事の話がほとんど出てこないのは、脚本作りの過程はあまりにテンションが高いために、せめて日記では全く関係のない食べ物や来客者のことを書いて気分転換しようとしていたのでしょうか。

「酒は緩慢なる自殺と知るべし」との自覚がありながら、ほぼ毎日朝食時から酒を飲むという習慣で、その割には当時出回り始めた各種の新薬の類を山のように飲んでいるという記述もあり、諦念と神経質が同居しているような感じです。昔の人は何かと言えばまず酒で、そのあたりの感覚は現在とだいぶ異なるようです。

溝口健二監督とは交流があったようですが、溝口の描く女性の無明な生々しさに対して、小津のそれはどこか煩悩のようなものが抜け落ちている印象を受けるのです。特に小津作品での原節子の浮き方は際立っていて、溝口作品での田中絹代とは対極の存在です(「東京物語」で笠智衆と東山千栄子とともに写るスティルなどを見ても原だけは別の映画のような印象)。そして同じことを表現するにも溝口は女性のダークサイドからそれを掘り下げ、小津はあくまでもダークサイドからは描かないという感じです(「早春」や「東京暮色」はめずらしくダークサイドが顔を出しますが、私見ではこれはうまく着地しなかったという印象です)。溝口は喜んで男女のどろどろしたディストピアを描くのに対し、小津のホーム・フィールドは男女でも親子という関係でした。黒澤明監督が女性をほとんど描かなかったように、やはりその作品には監督本人の価値観が色濃く反映されていて、元々持っていないものは描こうとすると、どうしても歪みが出てくるのかもしれません。

誤解を恐れずに言えば、溝口は女好き、小津はマザー(ファザー)・コンプレックス、黒澤は男子体育会だと思います。川島雄三もあえて当てはめれば溝口の系統ですが、川島の場合はそこにコメディが入る感じでしょうか。共通して感じることは、若いころに経験した強烈なトラウマ(女性関係、戦争経験、身近な死など)のようなものが(時には逆の形で)作品に現われているのではないかということです。

 

■■■■■■■■ kishi masayuki on the web


<<   TEXT MENU   >>

HOME