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 Jan 25,2020

■若いレノンのように

 ビートルズの初主演映画「A Hard Day's Night」を初めて観たのは1970年代の初め頃です。それはテレビで放送された日本語吹き替えのバージョンで、テープレコーダーで音声だけを録った思い出があります。ビートルズはすでに解散していましたが、都内ではビートルズのイベントをよくやっていて、そこでもこの映画を何度か観ました。結局、ビデオの時代になるまで、控えめに言って10回は観たと思います。

この映画が初公開された1964年はまさにビートルズの絶頂期。念願のアメリカ公演が成功し、一躍世界的なスターダムにのし上がった年でした。映画は冒頭からメンバーがファンに追いかけられるシーンから始まりますが、全編にわたりせわしなく走るシーンが印象的で、監督のリチャード・レスターはビートルズから汪溢する強いエネルギーをこのシーンによって表したのでしょう。ちなみに冒頭のこのシーンでジョージがリアルに転倒し、リンゴが巻き込まれ、それを見たジョンが大笑いして一瞬撮影中断の気配が流れますが、カメラは回り続け、これがOKテイクとなるのです。このあたり、並の監督なら撮り直していたと思います。

さらによく覚えているのは、「If I Fell」のシーン。まだ内省的になる前の若くて幸せそうなジョンが愛用のギブソンを抱えて歌い出します。成功の蜜の味に酔っていたビートルズは誰からも愛されるファブ・フォーでした。これ以降に始まる過酷なワールド・ツアーやマスコミの容赦ない攻撃を知ってから見ると、このシーンは嵐の前のほんの短い幸せな期間の彼らを捉えたものとして、特別な感慨があります。

次作の映画「HELP!」よりもこの映画が評価されるのは、ハリウッド的演出で完全に制御された彼らではなく、まだスターになり切っていない等身大のビートルズが垣間見えるからでしょう。そして、その中で一番、内面も容貌も変わっていったのはジョンだったような気がします。ビートルズの中期から後期にかけてジョンがこのシーンのような表情をして歌うのをあまり見たことがないのです。いつもいら立っていたり、危なげなリアクションをしたり、過度におどけてみせたり、その不自然さは次の一押しで崩れてしまう極めて繊細な内面を隠そうとする仕草のようにも見えました。

映画の撮影直後のワールド・ツアーの最中に強く記憶に残るシーンを見たことがあります。豪雨の中、空港に着陸した飛行機からターミナルに移動するのに、トラックの一段高くなった荷台に彼らが乗せられるのです。駆け付けた数千人のファンに対してのサービスというわけです。荷台は吹きさらしなので、雨具を付けているとはいえ、彼らはびしょぬれで、強風で途中傘も飛んでしまいます。ようやくターミナルに着いた時のジョンはカメラが回っていることに気づき、おどけた表情を見せますが、瞬時に素に戻り、敗北者のような暗い表情になるのです。

王座に就くまでのストレートなモチベーションと王座に就いてからそこから落ちまいとする努力では後者の方がはるかにストレスフルなのだと感じます。成功によって得たものも膨大でしたが、失ったものは、空港で飛んで行った傘のように一度手から離れたら決して戻ってこないような性質の物だったのかもしれません。

 

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