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 Dec 23,2020

■坂本冬美さんの逆襲

 このところ毎年紅白歌合戦を観ています。そこでいつも思っていたのが、坂本冬美さんに、石川さゆりさんの「天城越え」のようなキラーソングがあればいいのにと。

冬美さんが紅白で歌われる曲は、なにかあまりに枠にはまりすぎていて保守的な感がいつもしていたのです。ところが、今年、ついにそのキラーソングになるかもしれない作品が生まれそうです。

「ブッダのように私は死んだ」

一度見たら忘れられないタイトル。作詞作曲は桑田佳祐さん。とにかく一度聴いただけで変な汗が出てくるほどインパクトのある内容です。

だって、最初から死んじゃってるんだから(笑)。なんで変な汗が出るかといえば、死んじゃったという重く暗い内容と並行して、ジョークめいたフレーズが随所に出てくるからです。「箸の持ち方」とか「みたらし団子」とか調和を乱すノイズのような言葉は桑田さんならではセンスです。これは重いテーマ上にあえて反意語のような言葉を使う対位法あるいはガス抜きなのかもしれません。

言葉で対位法などというのは簡単ですが、人間の死より深刻なテーマはそうそうないわけで、それにジョークめいた表現を交えて作品にまとめ上げるのは至難の業。あやうい壁の上でへたしたら色物の方に落ちる可能性がありますので。これを成立させているのが、骨太のメロディと坂本さんの歌唱だと思います。そして「天城越え」の完成度に対抗できるのはもしかするとこの狭い間口のきわどい切り口なのかもしれません。例えば「この世はもうじきおしまいだ」で始まる「マリリン・モンロー・ノー・リターン」(野坂昭如)のような。

聴いた時にちあきなおみさんを思い出しましたが、若い時では決して歌えないこの歌で、「天城越え」と全く異なる地平から、冬美さんはイチかバチかの勝負に出た感がしました。桑田さんはもはや禁忌の表現をいとわない名人芸の域ですし、冬美さんの歌にも凄みがあります。いずれにしても今年の紅白でこの曲を聴くのがすごく楽しみになってきました。(真っ白な着物で出る予感・・・)

 
 

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