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 Jan 11,2021

■東芝EMIスタジオ

 東芝EMIというレコード会社が私にとって特別な響きを持っていたのは、ひとえにそれがビートルズのレコード会社だったからでした。そして、その赤坂の本社ビル内にあったスタジオもビートルズがそこでレコーディングしたわけではないのに興味をそそる場所としてインプットされていました。

1970年代に東芝EMIに所属していたグループは赤い鳥、サディスティック・ミカ・バンド、チューリップ、オフコースなどでしたが、特にチューリップは東芝EMIスタジオで撮った写真がよく音楽雑誌などに掲載されていたように記憶しています。そして、スタジオというところはこういう場所で、ここで録音した音源がレコードになるのだなという漠然とした憧れを持っていたのだと思います。スタジオへの憧れの背景にはビートルズのレコーディング・セッションを記録した映画「レット・イット・ビー」の影響もあったかと(そういえば子供の頃にこの映画の一部を使用した東芝ステレオのCMがテレビで放映されていたと思う)。

チューリップの「夢中さ君に」(1973年)のクリップにはその時代の貴重な東芝EMI第一スタジオの様子が映っていますが、グランドピアノが2台もある広いスタジオであったことが分かります。そして、壁のひし形模様は特に印象的で、これが写真や映像の背後に映っていれば、それは東芝のスタジオだと分かる目印でした(下写真はミュージックライフ1973年6月号のチューリップの広告。背後にスタジオのひし形模様)。

私が音楽の仕事を始め、初めて東芝のスタジオに入ったのは確か1980年代の半ばだった(まだ並びには226事件で有名な山王ホテルの建物が残っていた!)と思いますが、その頃にはスタジオも改装されていて、このひし形はすでにありませんでした。ちなみにこの時代のマルチレコーダーはアナログ24トラックが標準でしたが、1970年代から改装していないようなスタジオでは16トラックもまれに見かけました(テレビ朝日の敷地内にあってCMでよく使った朝日サウンドスタジオは確か16トラックだったような気がします)。1973年の東芝スタジオはおそらく16トラックの時代で、レコーダーはアンペックスMM1000だと思います。つまり、このアンペックスがミカバンドの「黒船」や、オフコースの「ワインの匂い」を2インチのテープに記録したというわけです。

 

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