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 Aug 3,2022

■原子心母

 ピンクフロイドの'Atom Heart Mother'は私がプログレ系で初めて買ったアルバムでした。

当時は洋盤でも難解な邦題が付けられていて、「電気の武者」(Tレックス)とか「対自核」(ユーライア・ヒープ)とかタイトルを見ただけでさぞ深淵ですごい内容なのだろうと想像を掻き立てられたものでした。そんな中でもこの「原子心母」という邦題は抜きんでてインパクトがありました。

その音楽もロックというにはあまりに異質。ブラスやチェロや女性コーラスなどが主旋律を取り、ヴォーカルもなかなか出てこないという構造に驚き、これがプログレというものかと子供心に納得したのでした。

今でもこのアルバムはよく聴きますが、聴けば聴くほど味わい深く、これが日本人の感性と重なるイギリスのワビ・サビなのかもと。

ピンクフロイドをさらにカリスマ的存在にしたのは1971年、初来日の際、箱根の芦ノ湖そばで行われた野外ライブの箱根アフロディーテ。この音源は断片的に残っていて、「原子心母」を演奏しているのですが、4人の演奏なので、ほとんど主旋律のないバッキング・トラックのような演奏です。それでも出てくる音はまさにレコードのあのサウンド。観客は頭の中でブラスやチェロのメロディを補って聴いていたのでしょう。

このライブの際に、箱根独特の山の天候で、演奏の途中から霧が深くなり、それはそれは幻想的だったとのこと。いかにも萬の神がいそうな箱根の霧の中で流れたピンクフロイドは想像するだけで胸が躍ります。実際にあのライブを観た人は現在70歳を優に超えていると思いますが、同じ年、雷鳴が轟く豪雨の後楽園球場で行われたグランド・ファンク・レイルロードのライブとともにロック黎明期の日本での伝説的なライブだったのだと思います。
 

 

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