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 Sep 10,2022

■恋愛小説の世界

 「恋愛小説の世界」創刊号の「高慢と偏見 I」ジェイン・オースティン。先月、書店で見かけ、装丁の美しさと、平野啓一郎さんの推薦文で、思わず買いました。家時間が長くなったこの時勢下、若い女性の読者層を開拓するという試みなのでしょう。手に取って分かったのですが、この本は重厚な装丁に反して軽量で、横になって読んだりする私にとって好都合です。

ほとんど毎日、寝る前に読み進めて1週間ほどで読了しましたが、性格の異なる姉妹を描くあたり、谷崎潤一郎の「細雪」が頭に浮かびました。物語は主に次女のエリザベスの視点で進行しますが、登場人物が多く、さらにそれぞれにニックネームもあるので、私は登場する主要な人物(20人以上)の名前と関係を書いたメモをベッド横に貼り付けていました。

近年の本ではまずない挿絵があるのもイメージが膨らみ楽しかったですが、生々しいラブアフェア描写などは一切なく、会話や手紙、心理描写が中心で、この上巻(1〜35章)では人が地位や財産の前ではいともたやすく卑俗にころがり、また、身分が高くても人間性が伴った人ばかりではないという世の常を描いたような感じです。さらに、背景には当時のイギリスでの身分や職業による厳格な区分けがあったことも理解できました。

上巻の最後には、オチがあり一応完結している感じですが、ネットに上がっている下巻(36〜61章 この作品はすでに著作権が消滅しておりパブリックドメインとなっている)を読みだすと、下巻からは早く次が読みたくなるほどすごく面白くなってきます。結局、下巻もタブレットで読み、昨晩、読了しましたが、実は物語が大きく展開し始めるのは下巻からで、上巻のみで読むのを辞めないで良かったと強く思いました。

ちょっと手を加えれば現代のドラマの脚本にもなりそうなこの作が200年前に書かれた古典であることに驚くのですが、思えばギリシャ悲劇などは200年どころか2000年以上前に書かれたもの。鴨長明の「方丈記」は約800年前の作。人間の内面の葛藤は形を変えながらも、大昔も今も常に存在するものなのかもしれません。

このシリーズは最終的には80号まで発売予定で、現在、今後収録される一部の作品が発表されていますが、「細雪」や「カラマーゾフの兄弟」は長い作品なので、数巻に分けて発売されるのでしょう。もし泉鏡花や三島由紀夫の収録予定があるのなら、どの作品が収録されるか楽しみです。


 

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