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 Nov 3,2022

■麗しの"Till There Was You"

 ビートルズが初期にカバーした多くの曲の中で異彩を放っていたのは"Till There Was You"。

野蛮なロックンロールバンドだった彼らが"Lucille"や"Too Much Monkey Business"を演るのは分かりますが、それとほぼ同時期に全くジャンル違いの"Till There Was You"をカバーしていることにその後の彼らが単なるビートバンドで終わらなかった理由がある気がします。

ジャズ系スタンダードナンバーと言ってよいこの曲をセレクトしたのはマッカートニーですが、おそらく、その美しいメロディーや巧みなコードに反応したのだと思います(ちなみにマッカートニーはペギー・リーのヴァージョンを聴いたのだそう)。私も子供の頃にビートルズの曲をたくさんコピーしていましたが、この曲だけはいきなり世界ががらりと変わり、単純なコードではない豊かな響きであったことをよく覚えています。

例えば、出だしの2つのコード。I→I♯dimという進行。鍵盤楽器だとこれがルートを半音ずつ上げて、ファ→ファ♯(→ソ)いう流れを作っていると視覚的に理解できるのですが(あるいはジャズでよく見られるI→VI→IIの変形)、ギターだとなかなか構造が分かりにくいのです。しかも、日本のフォークなどではあまり出てこないディミニッシュ・コード(m♭5)の出現に驚くわけです。頭のメロディはラ・シ♭・ドの繰り返しですから、通常のビートルズ・メソッドでいけばF→Am7とかF→Dm7でいいのですが、そこにディミニッシュを置くのが大人の作法というわけです。

そして、スタジオプレイヤーのようなハリスンのソロで最後の方に1回だけ出てくるジャラーンの複雑な響き。F♯7の小指ストレッチフォームでそのまま小指を倒して1弦5フレットのA(♯9)を足す感じ。コード名を表記するとF♯7(♯9)。C69あたりのほうが収まりがいいのに、わざわざ雑味のあるこんなコードが曲全体に深みを加えるというわけです。



おそらく、このあたりの複雑な響きのジャズコードにマッカートニーは影響を受けたと思います。マッカートニーが1968年にシラ・ブラックに提供した"Step Inside Love"のデモにはこのストレッチコードと同じフォームが出てきますし、'Michelle'(1965年)にも同じフォームやdimコードが出てきます。つまり"Till There Was You"にはその後のマッカートニーが生み出す名曲の原石が埋め込まれていたと言えるかもしれません。


 

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