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 Mar 10,2023

■転調ツーファイヴの翻訳者

 少々、小難しいタイトルになってしまいましたが、ポップスでもよく使われるあるコード進行のルーツはどこだろうと以前から興味を持っていました。

そのコード進行というのは、Aセクションがあり、次のBセクションで4度上に転調してツーファイヴ(II→V)を使い、さらに5度に転調してもう一度ツーファイヴを使い、元キーへ戻るという行き方。これを便宜上、転調ツーファイヴと呼びます。

(ちなみにツーファイヴとはキーCでいえば、Dm7→G7という進行で、キーFだとGm7→C7、キーGだとAm7→D7となります)

誰もが知っている曲をサンプルにすると、ビートルズの「フロム・ミー・トゥー・ユー」のBセクション(I've got armsからsatisfied wooまで)がこの転調ツーファイヴ進行そのままです。

ただし、この進行はビートルズが発明したわけではなく、それ以前にあったのものをビートルズが拝借したわけです。では、そのルーツはと探ると、かなり昔の曲まで遡るのです。

まず、1963年のビートルズ「フロム・ミー・トゥ・ユー」とほぼ同じ時期にリリースされたシフォンズ「ワン・ファイン・デイ」。曲はキャロル・キングですが、このBセクションは典型的な転調ツーファイヴです。ちなみに私はビートルズはシフォンズを聴いて、この進行を拝借したのだと思ってましたが、リリースがほぼ同時期なので違うようです。

時代を遡り、発見したのは1958年のニール・ゼダカ「ダイアリー(
恋の日記)」。このBセクションも典型的な転調ツーファイヴです。おそらく、ポップスの世界でこの進行が初めて使われたのはこのあたりだと私は踏んでいますが、これにも元ネタはあるはずで、そのルーツはやはりジャズではないのかと探ると、ありました。

1953年、デューク・エリントンの「サテンドール」。ツーファイヴだらけの有名なスタンダードですが、このBセクションはセオリー通りの転調ツーファイヴです。エロル・ガーナーの「ミスティ」もBセクションの頭4つは転調ツーファイヴですが、これは「サテンドール」の2年後の1955年の作です。

さらにルーツがあるはずだと探ると、1944年の「ザ・クリスマスソング」。クリスマスシーズンにはよく聴く有名なスタンダードですが、メル・トーメという人の作。このBセクション4つがやはり転調ツーファイヴ。

つまり、「ザ・クリスマスソング」(1944年)→「サテンドール」(1953年)「ミスティ」(1955年)→「ダイアリー」(1958年)→「フロム・ミー・トゥー・ユー」「ワン・ファイン・デイ」(1963年)という流れができ、ジャズの界隈で使われていたこの進行をポップスに翻訳したのはニール・セダカではなかったのかと仮説が成り立ちます。

ニール・セダカといえば、日本でのブレイク作「恋の片道切符」がセダカの作ではないために(作曲はセダカの作家仲間のジャック・ケラー)、オールディーズの歌手という評価が一般的かもしれませんが、実は職業作曲家としての成功の方が早い人です。「悲しき慕情」(1962年)などは驚くほど攻めた曲で、セダカの作曲家としてのポテンシャルの高さを証明しています。この曲が全米1位になるリスナー側の耳の肥え方もすごいですが、大衆性を失わずに高度なことを盛り込むというマナーは心憎いばかりです。

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