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 Jul 20,2025

■蝶々夫人

 考えてみれば、「蝶々夫人」ってアメリカ人の海軍士官が日本の没落武士の娘を長崎で現地妻にして、子供まで作り、そのまま帰ってしまい、数年経ってから帰ってきたらアメリカ人の妻同伴で、最後には日本人妻は自死してしまうというゲスい話。いかにも外国人の頭の中にあるオリエンタリズムが如実にわかるプロットで、アジア蔑視、女性蔑視と二重にやばいです。「ある晴れた日にあなたはきっと私を迎えに来る」などど綺麗ごとを言ってる場合じゃねぇと。無力な、男にとって都合の良い女の描き方は吉屋信子あたりが知っていたら憤激ものだったと思います。これ、当時、日本が取り上げられているなどと喜ぶ前に国辱ものだとクレームがつかなかったのかしら。

「蝶々夫人」と同じようなテイストで思い出すのは、奥村チヨの「恋の奴隷」(1969年)の歌詞、「右といわれりゃ、右向いて、とても幸せ」。いかにも男が頭の中だけで増幅した、都合の良い女性像を描いており、女性から見たら「んなわけねーだろ!」と突っ込みたくなると思います。こういう歌詞がまかり通っていたのですから、ここまで男性中心社会だったのかと。なにか男同士で猥談をして、ニヤニヤしているようなゲスなイメージ。

いや、私の時代でも同業の女性クリエイターは物を作り出すということ以外にも色々とご苦労があったようで、何度か相談も受けたことがあります。物を作るということだけでも神経すり減らすのに本当にかわいそうでした。まだハラスメントなんて言葉がなかった時代です。


 
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