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Jan 17, 2012 

■職人技

 
年はオリンピックイヤーですが、言うまでもなくオリンピックに出られる選手というのは早く走ったり、高く飛
べることが抜きん出て優れた人たちです。彼らがいかにすごいことをやっているかは、少しでも同じ競技をかじ
ったことがあれば、なおさら痛感するわけです。例えば、市街地で行われるマラソンのテレビの実況を見ている
と、それほど速いスピードで走っているようには見えませんが、たまに一般人が面白がって歩道などで一緒に
走っている光景などを見ると、一般人は全力で走っていても選手たちにほとんど追いつけず、いかにすごいス
ピードで走っているかを実感するのです。

音楽の世界でもこれはすごいと思えるような光景に出くわすことがあります。わたしが忘れられないのは、ある
数十年前のレコーディングでのこと。

通常、生のレコーディングではドンカマと言って、テンポのクリック音を聞きながらミュージシャンたちが演奏する
のです。ところが、そのドラマーはそのドンカマを聞きつつ、仮歌を聞いて、なんとテンポを曲中でコントロールし
ていたのです。頭はインテンポで、サビにくるとやや走るかもたるかして、間奏でまた戻るという風に。当然、最
後には演奏とドンカマはずれまくるわけですが、ミュージシャンたちはドラムに合わせているので、いくらドンカマ
とずれようが問題ないわけです。歌に強弱があるように、テンポにもしかるべき波があって当然だろうという解釈
なのです。クリックは絶対で、ずれてはいけないものだと思っていたわたしには目からうろこが落ちるようなイン
パクトがありました。ちなみにそのドラマーとは村上秀一さんです。

その頃は音楽的な経験などほとんどないわたしでしたが、一流のプレイヤーが目の前で行うそのような技はもう
言葉とか説明とか、そういうものなしにダイレクトに心の中に入ってきて、音楽の奥深さを知らしめました。こうい
う経験を若いうちにできたことは、わたしの宝物となっています。

わたしが仕事に使っている道具の中でも最古参の部類に入る
ほど古いメトロノームです。壊れない!


岸正之ホームページ kishi masayuki on the web


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