■山本嘉次郎監督「馬」
「馬」は山本嘉次郎監督の1941年の作品。山本監督を師と仰いだ黒澤明さんが製作主任としてクレジットされています。複数の映画関係の書物によれば、黒澤さんが脚本、撮影、編集などかなりの部分で関わっており、ほとんど黒澤さんの作品であると言う人もいます。
劇中で子馬と別れた親馬が狂ったようになるシーンがあります。編集を任されていた黒澤さんは親馬が子馬を探して厩を蹴破るシーンなどをドラマティックに繋いだのですが、山本監督にそれを見せると反応が芳しくありません。そこで山本監督が言った一言は「ここはドラマではなく、もののあわれ、じゃないのかね」。
その言葉に「分かりました!」と反応した黒澤さんはクローズアップのシーンを全部切って、ロングショットで月の夜に親馬が走り回る小さなシルエットのシーンを繋いだのです。極めて日本的な情感である「もののあわれ」という表現をした山本監督もすごいですが、それを受け止めて的確に仕上げた黒澤さんの感性もすごいです。
実は東宝の前身であるPCLの入社試験の際、会社は黒澤さんの採用に難色を示しましたが、「絵の分かる人物」ということで強く採用を押したのが山本監督でした。
この映画には後の黒澤作品に出てくるようなカットが随所に出てきます。黒澤監督があれだけの作品を世に残せたのは、自らの作品を教え子に実験台として与え、宝石の原石を磨き上げた山本嘉次郎監督のような人がいたからだと思うのです。
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