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 Dec 10,2020

■泣く男

 子供の頃、鮮烈な記憶と共に残っている映像があります。それは祖母の家へ行った時にテレビで見た場面。記憶では、その頃、東京タワーにサテライトスタジオというものがあり、そこからの中継番組でした。

登場した男性歌手が恋人が何かの事情で死んでしまうという内容の暗い歌を歌ったのです。歌の途中でセリフが入り、そこでその歌手が涙を流すのです。子供心になにか見てはいけないものを見たような思いと共に、歌手というのは大変な職業なのだなと思ったのです。つまり、この人はこの歌を歌う時に毎回涙を流さなければならないのだろうと。今考えると、話題作りとして売れるためならなんでもやるのだという芸能界のしたたかさにも驚いたのだと思います。

男が面前で涙を流すことなど今よりタブーとされていた時代に、架空の物語でいちいち涙を流していたこの歌手の人のプロ根性には敬服しますが、女性で言えばお色気路線とか、同時代のGSの失神ものとか、見世物的、あるいは古い興行的な浅い感性にしか訴えない匂いになにか異質なものを感じていたのだと思います。

そういえば、目の前で男が泣いているところを見たことなど、数えるほどしかないと思い出すのでした。結婚式で新郎が感極まって泣くのは見たことがあります。また、あるバンドのコンサートでメンバーが落涙し、言葉に詰まるのを見たこともあります。けれど、面と向かって男に泣かれたことはたぶんないと思います。

 

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