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 Jun 3,2022

■国際女優・谷洋子〜3/3

 アメリカ作品にも少数ながら出演していて、その中で印象的な仕事のひとつはテレビドラマ「ベン・ケーシー」。洋子はシーズン1のエピソード27 'A Pleasant Thing for the Eyes'(1961年 日本名:ヒロシマの女)で原爆の後遺症で悩む日本女性を演じました。アメリカとほぼ同時に放送され、1960年代前半の日本でも高視聴率をとったこのドラマで洋子を初めて見た日本人もたくさんいたと思われます。

1960年代、日本人女優を海外のヒット映画に起用した例は「007は2度死ぬ」(1967年)が有名です。これには浜美枝と若林映子が日本人初のボンドガールとして登場しますが、もしも洋子があと10年遅く生まれていたら適役だったのかもしれません。ちなみにボンドガール以前の若林映子がイタリア映画で日本未公開の'Le olientali'(1960年)や'AKIKO'(1961年)やドイツ映画'Girl From Hong Kong'(1961年)に出演したことは日本ではあまり知られていません。

 そして洋子の出演作で世界の人々に最も観られたと思われる映画はおそらく'My Geisha'(1962年 日本名:青い目の蝶々さん)ではないでしょうか。

このハリウッド映画はスター女優役のシャーリー・マクレーンが日本の芸者になりすまし、夫(イブ・モンタン)である監督にばれずに日本で「マダム・バタフライ」を撮るというコメディ。洋子はマクレーンに芸者の作法を教える芸者の役で、脇役ながらクレジットではセカンドラインのトップに名前が出てきます。

日本ロケも多く、日本人スタッフが入っているせいか、それほどおかしな日本の描写や変な漢字は出てきません(それでもお約束のスモウレスラーと大風呂、女性が男性に施すマッサージは登場します)。マクレーンの日本人に変装するメイクは、ショーン・コネリーが「007は二度死ぬ」で見せた日本人に変装するメイクどころではありませんが、この異様なメイクさえ気にならなければこの映画は日本の風景が美しく、物語も起伏に富んでおり、面白いです(ちなみにこのメイクはシュー・ウエムラが担当し、これを契機に名を上げたのだそう)。

マクレーンが夫にばれないために力士にインチキな日本語(イチ、ニー、サン、シー、ヒダリジンゴロー、コンバンハ・・・)を使うシーンなどは大笑いしましたが、洋子の着物姿が美しく、所作もきれいです。エイリアンからイヌイットまで演じた洋子ですが、着物を着るとしっくりと収まりが良いのはやはり日本人の血がそうさせるのでしょうか。

ちなみに洋子が出演したもう一本のハリウッド映画'Who's Been Sleeping In My Bed'(1963年 日本名:僕のベッドは花盛り)も和装ですが、こちらは'My Geisha'ほど出番は多くありません。この映画には洋子が着物姿で「五木の子守歌」を歌いながら、主役のディーン・マーティンを腹ばいにして、その上に立ち、踏みつけてマッサージを施すというシーンがあります。

洋子の映画出演作はヨーロッパを中心に40本弱。白人がメイクで東洋人を演じることが問題にならなかった時代、役柄はステレオタイプのアジアンが多かったとはいえ、その存在は異国で際立っていたことでしょう。そして生涯、生活の基盤をフランスに置き、ヨーロッパ圏で1950年代から女優として活動した日本人は洋子が先駆者だと思われます。


 

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