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 Dec 1,2022

■「Sweet Dreams」の2022ミックス

 今年はユーミンが50周年ということで、昔の曲を新たにミックスしたベスト盤が出ましたが、「Sweet Dreams」のリミックスには驚きました。

オリジナルは1987年の作品で、当時はプロデューサーでアレンジャーの松任谷正隆氏がシンクラヴィアという楽器に興味を示し、全面的にその新しいデバイスを使ってレコーディングしていました。ところが、後に松任谷氏はこのシンクラヴィアの導入について「最も組んではいけない人と組んでしまった」と告白しています。1987年といえばデジタルへの移行期で、シンクラヴィアも夢の楽器だと思われており、それを扱えるオペレーターも数人しかいないという時代でした。

「Sweet Dreams」の2022年ミックスを聴くと、シンクラヴィアのサンプリング・サウンドのかなりの部分が差し替えられているようです。典型的なのは頭からグイグイ来ていたタム回しがなくなっており、これがないだけで曲全体の印象は全く違います。このあたりの大幅な差し替えやオリジナルと全く異なるリミックスに松任谷正隆氏のシンクラヴィアへのトラウマが強く現れているような気がします。

今回のミックスでは歌の輪郭もはっきりとして存在感がありますが、実は1980年代後半のユーミンのミックスは歌のバランスが小さいんじゃないかと常々思っておりました(つまり、オケが大きすぎる)。もちろん、それは海外のビッグネームが軒並みシンクラヴィアを使い出したという時代の趨勢の中で、常に最先端を走らなければならないという使命とどこかで折り合いをつけた結果だったのでしょうが、どこか最先端のハードウェアとユーミンの本質であるエモーショナルな部分がアンバランスな感じを受けていたのです。

私の初期デジタルの印象は、一聴すると良い音のように聴こえるのですが、なにか立体感がなく、平面の上に薄いサウンドが並んでいるという印象でした。アナログ最後の豊潤な音を知っている者にとっては、スカスカの初期デジタルの音は違和感以外の何物でもありませんでした。

けれど、それは今だから言える話で、当時はこれが標準で最先端のデジタル技術ですと言われれば、その違和感にこっちの耳を慣らすしか選択肢はなかった気がします。そして、実はアナログテープのデータは機材によってはデジタルを越えるレートまで記録されていたとか、新たなプラグインの登場でかつてのデジタルを今の基準で扱える解決策が見つかったのは、案外最近の事ではないかと思うのです。つまり、まだデジタルの落としどころが手探りだった時代、今になってみればあれは失敗だったと思うようなことは無数にあったというわけです。


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