■谷崎の私生活
作品と送り手の私生活など別物だと分かっていながら、やはり谷崎潤一郎の奔放ぶりは現代の基準を遥かに越えていると思うのです。
なぜか私が興味を持つ作家は谷崎につながるケースが多く、まあ、それだけ谷崎は文壇では重要人物ということなのでしょうが、最近、入手した瀬戸内寂聴が谷崎の「妻譲渡事件」について書いた本を読んだら、書くのが憚れるほど、もう不道徳の極み(笑)。
で、「妻譲渡」などといえば、男尊女卑の時代にいかにも貞淑な妻がモノのように扱われ、男だけがやりたい放題をしていた印象ですが、そうでもなく、周りの女たちも十分自由にやっているという有様。作家という人種がたまたまそういう妻を選ぶのか、結婚してから自由度に拍車がかかるのかは不明。すでに経済力のあった谷崎などは関係した女性が後に生活力のない男とくっつけば、生活費を援助するという律儀さ。一方、妻を譲られた佐藤春夫周辺が清廉潔白かといえば、そんなことはなく、登場人物全て訳ありの態。そのような放埓をしたからこそ究極の物語が書けるのか、あるいは世間で行われていることと大差なく、たまたま有名人だからここまで公になるのか、谷崎という文豪の名が中心になければ忘れ去られていた物語。
いや、薄々、谷崎の所業は知っていて、さらに詳しく知りたいと思うのはこっちに三流週刊誌レベルの、十分下種の詮索との自覚があってのこと。それは昭和初期に「痴人の愛」、「卍(まんじ)」あたりがブレイクした底にある大衆の低い関心と似たものと思われ。
ちなみに谷崎の「蓼食ふ虫」は「妻譲渡事件」に至るまでの1年ほどのほぼ実話。要(かなめ)が谷崎、美佐子が千代(谷崎の妻)、高夏が佐藤春夫、阿曾は和田六郎。
瀬戸内のこの本の白眉は巻末にせい子へのインタビュー(当時、せい子91歳 1993年)が載っていること。せい子は千代の実妹で「痴人の愛」のナオミのモデルになったといわれている人物。葉山三千子の芸名で映画女優として活動していた時期も。芥川龍之介や岡本かの子、直木三十五などとも知己があり、谷崎が画策して岡田時彦(後に岡田茉莉子の父)と結婚させようとしたなどの話あり。
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