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■黛敏郎さんの本 黛敏郎さんは1950年代から1960年代の日本映画で多数の音楽を手掛けた方。 映画音楽は映画全体を引き立てるためものですから、音楽が独立して印象に残る「七人の侍」や「ゴジラ」などは稀有なケースで、黛さんが音楽を手掛けた「幕末太陽伝」でも「豚と軍艦」でも「にっぽん昆虫記」でも音楽はほとんど思い出せません。映画の音楽が印象に残っていないということは映画に溶け込んでいた証で映画音楽のあり方として成功例のひとつなのだと思います。 重厚な印象のある伊福部昭さんや早坂文雄さんに比べれば、進駐軍のクラブでジャズピアノを弾いていた経験もある黛さんはややモダンなものも書かれたという印象です。黛さんは正式なクラシックの出身ながら、ジャズやポップスなどを偏見なく見ていた方だったようで、電子楽器の導入も驚くほど早かったです。 また、三島由紀夫とも親しかった黛さんでしたが、三島はビートルズがなぜ世界中であんなに受けているかを理解できずに集団催眠だと書いていましたが、黛さんはその音楽性をロジックに分析し、その革新性を正当に評価していたようです。やはり餅屋は餅屋ということなのでしょう。 その黛さんの著書「題名のない音楽界」によれば、ビートルズ登場以前のニューヨークでオノ・ヨーコさんとも面識があり、日本ではほぼ黙殺されていたヨーコさんのアーティスト性にも理解を示しています。そして、その後、レノンとヨーコさんが結婚を発表した時はとても驚いたそうです。 我々の世代はビートルズやディランが登場した時を画期的なムーブメントの起点として認識しがちですが、それ以前にも試行錯誤を繰り返しながら、現代音楽やアートの新しい流れを見つけようと奮闘していた黛さんのような方がいたというわけです。
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