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Aug 12,2015

■戦争画リターンズ

 日、書店に寄ると「戦争画リターンズ」という本が平積みされていました。同名の作品が会田誠氏にあったなと手に取ると、副題に藤田嗣治の文字。ちょっと読むと会田誠の話から入り、藤田の戦争画、特に「アッツ島玉砕」に関して様々な文献を調べ上げて、その実像を追うという興味深い内容でした。元はウェブで公開していたものに加筆して書籍化したものということで、検索するとウェブ上の「戦争画リターンズ」はすぐに見つかり、今それを読んでいる途中です。ちなみに著者は平山周吉さんという方で、これは筆名らしいのですが、小津安二郎監督の「東京物語」の笠智衆さんの役名と同じです。

「アッツ島玉砕」は2006年の東京国立近代美術館で見て、あまりの迫力に圧倒され、もしかすると藤田の最高傑作は一連の戦争画かもしれないと当時のテキストに書き残しておいたのですが、この見立てはこの本によるとあながち間違いではなかったようです。ところで、この絵を見た時からずっと疑問に思っていることがありました。普通戦争画といえば、自国の軍隊が威勢よく敵軍をやっつけている構図を想像します。ところが、この藤田の絵にはそのような華々しいといった印象が全くなく、その暗く重い色彩を含め、厭戦に繋がりかねない不毛さや、悲哀を感じるのです。それをよく当時の軍部が公開を許可したなと思ったのです。その理由がこの本を読んでようやく分かりました。それは、公開以前に数倍の敵と火力を相手の圧倒的不利な状況にもかかわらず、一歩も引かなかったアッツ部隊という軍部発表のストーリーがあったからだったのでした。当時の観衆は戦時下で、この有名なストーリーを知った上で、「脱帽」と書かれた張り紙とともにこの絵を見ていたのです。そうなると、何の先入観もなくこの絵を見た私の感じ方とは違っていて当然です。

そして、そういう背景があったなら、公開された当時、この絵に手をあわせたり、賽銭を投げる人までいたという話も納得で、それを目の当たりにした藤田が、当時の世相や軍部に配慮したやや大げさな発言であったということを差し引いても、自分の作品の中で一番の傑作との自覚があったと記したのは頷ける話です(戦後、海外公開を視野に入れてサインを横文字に書き換えたエピソードからも藤田自身が特別な作品だと思っていたことがうかがえます)。思えば、戦時下というのは内地にいても、明日死ぬかもしれないという緊張感や特殊な感情の支配する時代です。藤田のような類稀な才能がその非日常な感情を触媒にして、それまでにない強い作品を作り上げたことは想像に難くありません。

追記: 今年の11月14日に日仏合作映画「FOUJITA」が公開されるそうです。主演はオダギリジョーさん。

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