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 Feb 12,2022

■日蝕ふたたび

 一昨年、「三島由紀夫 石原慎太郎全対話」という本が出て、一応欲しいものリストの中に入れていたのですが、手持ちでこの対話が掲載されていた本があったと思い出したのが、石原慎太郎氏の「三島由紀夫の日蝕」という本でした。

で、もう一度読み直してみると、石原氏の三島評は以前読んだ時の感想と同様、大変辛辣で意地の悪い部分もありますが、本質を突いていると思われる部分も多く興味深いのです。

石原氏の言いたいことを要約すれば、三島がボディビルで得た肉体は本来の運動機能を持つ肉体ではなく、それを完璧な肉体を得たと勘違いして(またはそう無理に思い込み)精神と肉体などということを言い出すからおかしなことになったと。周りの斟酌や忖度によって早急に手に入れた武道の段位なども同じく、三島は決定的に天性の欠いている部分のものを一番欲しがり、様々な粉飾で持ったように思い込んでしまったのだと。

三島は晩年の一種の自伝「太陽と鉄」で林檎の芯の存在を確認するためには周りの身の部分にナイフを入れなければならないと書き、石原氏は三島が本当に完璧な肉体を手に入れ、剣道や居合の極意を会得していたなら、ナイフを入れなくても芯の存在は確認できただろうと言うのです。

政治的なことを言い出してからの三島は多くの友人と縁が切れてしまいますが、それでも最後まで真剣に三島と対峙して、耳の痛いことも言ったのは石原氏をはじめごく少数の人たちだけではなかったのでしょうか。それほど石原氏は三島の文学を愛していたし、また常に気負っていた三島のそばでそれに巻き込まれることなく冷静に見ていたと思われます。そして、おそらく三島も石原氏には自分の気負いや粉飾を見抜かれていたと感じていたのではないのでしょうか。この本の末尾には1956年、1964年、1969年と3つの対談が掲載されていますが、前の2つが文学についての話題が中心であるのに対し、最後の対談はすでに石原氏が議員であったこともあり、ほとんどが政治や国の話になっているのが印象的です。

この本が実に辛辣な物言いながらも救いがあるのは、あれほど対立していながらひとり残されてしまった石原氏がかつて自分の著書に書いてもらったという三島の解説を読み直して涙する場面や、あとがきで三島の夢を見たことなど三島を失った無念さやその裏にある敬愛の情が見えるからです。


 

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