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 Apr 21,2022

■掃除婦のための手引き書

 youtubeで人気のチャンネルの傾向のひとつに自虐ネタというのがあります。いわく、「社畜OLの」とか「結婚できないアラフォーの」とか「破産寸前の」とか。人々は成功譚と同じぐらい自虐ネタが好きで、それで自分の立ち位置を確認しているのかもしれません。

さて、この本。有隣堂で平積みになっていて、そのキャッチーなタイトルと表紙の写真で手に取りました。写真はすでにこの世にいない筆者ルシア・ベルリン自身。youtube流のタイトルならさしずめ「アル中でシングルマザー、定職なしアラフォーの日常」といったところでしょうか。

人生には山も谷もありますが、幼少期からの持病、自殺未遂を繰り返す母からの拒絶、アル中の祖父からの性的虐待、自分もアル中、何度かの結婚と4人の子供、夫のひとりは深刻なヤク中。存命中には作家として日の目を見ることもなく、教師や看護婦、または掃除婦のような仕事で生計を立てていた時代もあったという境遇。

この短編集の内容は半自叙伝のような体ですが、その生活や回想を特に誇張することもなく、まるで第三者が書いたかのようにクールに淡々と描いています。引き込まれる点はその境遇を受け入れるある種の達観とウィットがあること。おそらく作者は子供の頃から自分の感情を押し殺すような技術を人一倍身に着けていて、それがこの作品にも反映されているのではないかと。

ガンで回復の見込みのない妹のサリーの世話を焼いている時を記述した「ソー・ロング」からの心を打つ一文。

「死が近づくと、ひとはおのずと自分の一生をふりかえり、あれこれ意味づけしたり悔んだりする。わたしもここ何か月、妹に付き合ってそれをしてきた。わたしたちは長い時間をかけて怒りや憎しみを手放した。いまでは後悔や自責のリストさえ短くなった。残ったのは、わたしたちがまだ失わずに持っているもののリストだ。友だち。いろいろな場所。恋人とダンソンを踊りたかったとサリーは言う。ベラクルスの教区教会や、椰子の木や、月明かりのランタンや、踊り子たちのぴかぴかの靴のあいだをうろつく犬や猫を見たいと言う。アリゾナの教室一つきりの小学校や、アンデスでスキーをしたときの空を、二人で思い出す。」

ベルリンの没後11年目の2015年、突如この短編集がニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに登場し、一躍ベストセラーになったということです。


 

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