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 Jul 15,2022

■映画「エルヴィス」

 数年ぶりに映画館に行きました。おそらく2019年の「ロケットマン」以来かと。混雑は避けたいのでウイークデイの朝8:30からというガラガラの回を狙って。幸い、ど真ん中にもかかわらず、左右3席と前後も空きという席がとれました。

観たのは今月に封切られた「エルヴィス」。エルヴィスに扮するオースティン・バトラーのある角度からの顔がエルヴィスにそっくりなのに驚きましたが、切り口はエルヴィスのマネージャーだったパーカー大佐(トム・ハンクス)への告発に主眼を置いているものでした。実話という触れ込みなので、ノンフィクションと見て良さそうです。なるほど、この映画を観ればエルヴィスが駄作と言われるプログラム・ムービーにたくさん出演した理由、本人はワールドツアーをやりたがっていたのにできなかった理由、ラスベガスのホテルを中心に活動した理由などが手に取るように分かりました。

一番素晴らしいと思ったのは、予告にもなっているエルヴィスの初期のライブシーン。アウェイの観客の中で観ている女の子たちが次々と予期せずに叫んでしまう時の表情。最後あたりの女性がエルヴィスに向かって叫んでいるのではなく、自分の中の制御しきれない何かにとまどっている様子が特に印象に残りました。

また、1950年代から1960年代のアメリカを描くと、避けては通れないのが人種隔離政策で、白人であるエルヴィスが黒人の音楽や動きを取り入れてデビューした時の衝撃はビートルズの出現以上のものだったのかもしれません。つまり黒人の世界でならリトル・リチャードやチャック・ベリーもありですが、白人がそれをやるのはけしからんという時代です。ビートルズが全米ツアーをした時代にはまだ客席は白人と黒人に分けられている地域があり、ビートルズがそれを辞めない限りライブはしないと契約書に明記したという話もあります。さらにスーパースターにまつわる話で必ず出てくるのが金とドラッグ。桁違いの金が集まる場所には同じぐらい悪い人種も集まってくるのか、あるいは悪人を作ってしまうのか。

華々しく見えるショービズの世界で裏側にあるダークサイドに重きを置いた作りのために後味はあまり良いとは言えませんが、それでも2時間40分という長尺の中で一度も退屈と思った部分がありませんでした。

もちろん人には善良な部分と邪悪な部分の両面があり、そのバランスをとってなんとか生きているわけで、そのどちらかから見た場合の評価は正反対になると思います。この映画を観たからといって、そうか、エルヴィスは母親思いの純粋な心の持ち主で、パーカー大佐は守銭奴の極悪人だったんだと単純に思い込むほど私もすでに若くはありません。なにかあれば引きずり落してやろうという輩がうようよいるショービズの世界で生き抜くにはパーカー大佐のような汚い部分を全て引き受けるタフさやハッタリや駆け引きも必要だったという見方もできるのです。要はエルヴィス・イズ・キングというのはファンが作った虚像で、実はエルヴィスもパーカー大佐も本質はそれほど変わらないのだろうと私は感じました。



 

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