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 Dec 1,2023

■花物語と紅雀

 先日、御茶ノ水の古書市で2時間探しても1冊も見つからなかった吉屋信子、帰りにたまたま寄った横浜の古書店で最初に見た書架のまず目の行ったのが「花物語」だったというミラクル。呼ばれたかな(笑)。ちなみに御茶ノ水では岡本かの子、林芙美子、宇野千代などの女性作家はなんなく見つかりましたが、吉屋は皆無。やはり吉屋が少女小説出身ということが原因なのかもしれません。

森の中に入っていく少女などは泉鏡花も彷彿させますが、ミッションスクールの裕福な家庭の子女、ピアノの上に置かれた花と手紙、夭折のイメージ、病弱な深窓の令嬢など、なるほど初期ユーミンの世界の原型はここにあるなと。さらには同性の美しい先輩に憧れる学園生活。これはユーミンでは出てこないエスの世界。

その後を見送って豊子は暫の間化石のやうに佇んでゐた。あの美しい方の呼名はちゑとその時、知るを得た。――つとより添ひし白壁に指もて、(水島ちゑ)と懐かしい人の名を幾つも書いた、あはれ指もて描く文字は跡を止めん、よすがもなく儚なく消えゆくのさへなんとはなしに泪ぐましく思はれるのだった。(花物語 忘れな草より)

「紅雀」の方は、ネットで見て、この装丁は持っていなくちゃいけないとオーダーしたもの。初版は1933年で、私が入手したのは日米開戦直前に出た1941年版。この時点でなんと43版。現在も新刊で出るほどのロングランのヒット作。

「さやうなら、朝駒、お前には大事な御主人が居るのよ、そしてお前の寝る厩があるのよ、早くお帰り、そして休んで頂戴――私は私は――寝る巣もない離れ鳥なの・・・だからお前とこゝからはお別れよ――」
まゆみはかう言いかけて、気強い彼女もふつと涙ぐんでしまったのだった。
朝駒はまるで人語を解するかのやうに、首うなだれて居たが――つとゐなゝいた。雨の音の中にも高く響くやうに・・・。それは馬の彼が今まゆみに向かってかう言ふのかのやうだった。
「お嬢さん、馬に乗る事のお上手な美しいしかし寂しげなお嬢さん、私は貴方のお供をして何処までも参り度いのですよ、このまゝお別れするのはいやです」
朝駒はけっして其の場を立ち去り動かうとはしなかった。
(紅雀より)

大正時代から昭和初期の山の手階級婦女子の知的アイドルだった吉屋信子。戦前のミッション系女学校の教室で「あなた、吉屋さまの新刊、お読みになって?」とかいう会話が聞こえてきそう。


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