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■オフィサーズクラブの記憶 本牧の米軍ベースが撤退した後、1989年にマイカル本牧という商業施設ができました。 当時はバブルの真っ只中、鳴り物入りで登場したこのモールの5番街には海外アパレルブランドの直営店などが入り、当初はそれはそれは華やかでした。上階にはニューヨークのクラブと提携したアポロシアターや、ベース時代の将校クラブを再現したオフィサーズクラブがあり、それらは大人の顧客に向けてハイブロウなライブを行うスペースでした。 オフィサーズクラブでは海外から呼んだミュージシャンによるライブもしばしば行われ、ジャズピアニストのレス・マッキャンもそのひとりでした。ただし、いかにバブルの時代とは言え、本牧で週末に渋いジャズを聴くような文化が拙速に定着することはなく、このクラブも1990年代後半に撤退したと思います。 私は生活圏だったマイカル本牧の栄枯盛衰をつぶさに見ておりますが、1990年からの数年間はここだけではなく日本全体が夢を見ているような時代でした。多くの人はこの時代を悔恨を持って振り返りますが、不思議と私は楽しかった思い出の方をよく覚えています。例えば、マイカルのイスパニア広場でやった直径が5mぐらいある鍋でのパエリアのイベントやヴィンテージギターまで扱っていた骨董市など大変楽しかったです。
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