■佐野元春さんのこと
1980年の日本でロックといえば、いわゆるキャロルのようなアウトロー的雰囲気を持つタイプが定石だった時代に、ワイルドなテイストを持ちながら、どこかディランのような知的な歌詞を組み合わせた佐野さんの世界はそれまでの日本にはないスタイルでした。
例えばユーミンは元々作家系の人だと思うのですよ。作家系とは、ただ曲だけ書いて人前でパフォームはしないという意味なのですが、だからユーミンのパフォームにはショー的な部分が多くを占め、本来の歌だけのパフォームをビジュアルやセットや企画で補うという構造だと思っています。ところが、佐野さんの場合は、静かな作家の側面がありながら、フロントでパフォームするために生まれてきたのではと思わせるところがあり、このアンバランス加減はロッカーにしてはたいへんめずらしいのではないかと思うのです。
通常、ロッカーのイメージといえば、キース・リチャーズのようにセックス・ドラッグ・ロックンロールですが、佐野さんにはそういう雰囲気が皆無で、プライベートはコーヒーを飲みながら(決してアルコールではない)、静かにギンズバーグでも読んでいそうな風情なのです。別の言い方をすれば直情と冷静の波間を行き来しているような風情があるのです。
さらにもうひとつ言いたいのは、佐野さんというとギター中心のビートの効いたロックンロールという印象ですが、実は初期作品のバラードにも高い音楽性を感じるのです。デビューアルバムの「情けない週末」はおそらくジャズの影響が、そして2枚目アルバムの「彼女」はクラシックからの影響があると思われ、どちらも鍵盤楽器でなくては作れないような繊細さを持つ構成です。2枚目に収録の「バルセロナの夜」も佳曲ですが、これはおそらく誰が歌っても良い曲として認知されると思いますが、前述の2曲は佐野さんが歌わないとその曲の持つ持ち味が出ない点が凄いと思うのです。
ちなみにブレイクしている最中、いきなりニューヨークに滞在し、音楽の傾向が180度変わってしまったというのも実に佐野さんらしかった。レコード会社としてはようやくブレイクしたのだから、同じ路線で何枚かアルバムを作って欲しいと思うわけですが、佐野さんは関心はすでに他へ移っており、それはできなかったのだと思います。このあたりの経済や生活よりも本当にやりたいことを優先させる姿勢は日本の業界でもなかなか見られないケースです。そして、このような自然児のようなピュアさは生臭い業界の中では鈍く輝いていました。
作った時にそのような意図があったかどうかは不明ですが、3枚目のアルバムに収録の名作「ロックンロール・ナイト」は初期の世界の集大成で、ティーンエイジ・ブルーを完結した曲だったと思っております。
佐野さんの舶来屋ライブの話
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